単純承認と限定承認             



  単純承認と見做される場合

「単純承認有無」の判断

・相続財産の
「名義を変更」したり、「消費」してしまった場合には、「単純承認したものとみなされ」、限定承認・相続放棄はできなくなってしまう。

・親から相続した家が雨漏りしたので、修理をしたような場合には、
「保存行為」とみなされ単純承認したとは見做されない。

・親から相続したアパ−トに空きができ、その後、新賃借人と
「短期賃貸借契約」を締結したとしても、単純承認したとは見做されない。

・親が所有していた
「債権を取り立てて受領」した場合には、単純承認したと見做される。

「相続財産の隠匿等」(民法921条3項)・・・・・相続人が、限定承認または相続の放棄をした後であっても、相続財産の全部または一部を隠匿し、ひそかに消費したり、または悪意でこれを相続財産の目録に記載しなかったときは、「単純承認したものとみなされる。」

・ただし、その相続人が相続放棄したことによって相続人となった者が相続の承継をしたときは、単純承認の効果は生じない、としている。これは、当初の相続人の相続放棄により、新しい相続人が相続した場合には、新しい相続人は、
「当初の相続人が隠蔽したことに対して損害賠償を請求」できることになる。

・遺産から
「葬儀費用を支出」した行為は、処分行為にはあたらないとした大阪高裁(平成14年7月3日決定)がある。


  限定承認とは

民法922条

・限定承認は、相続によって得た財産の限度においてのみ、被相続人の債務及び遺贈を弁済すべきことを留保して相続を承認する行為。


※被相続人の債務がどの程度あるか不明であり,財産が残る可能性もある場合等に、相続人が相続によって得た財産の限度で被相続人の債務の負担を受け継ぐ。

・例えば、被相続人が会社を経営しており
「会社の借金の連帯保証人」になっているような場合、会社が倒産し連帯保証が実現した場合に備える。

債権者からの救済が目的

・被相続人の
「準確定申告」において不動産については、所得税法59条に基づく譲渡所得課税の申告納税をすることになるが、限定承認をしないと、債権者に不動産を含めた財産を抵当の形にとられた上に、不動産を時価で債権者に譲渡したものと見做されて、「譲渡所得課税の申告納税」をすることになってしまう。

・将来を見越し、限定承認による不動産の譲渡所得課税を免れる方法としては、
「生前贈与」「相続時精算課税制度」がある。


・相続人が数人ある時は、「共同相続人の全員が共同」してのみ限定承認ができる。(民法923条)

・従って、相続人の1人でも単純承認してしまうと、限定承認は出来なくなる。

・方法の1つとして、相続人全員の同意の下に、代表である長男が限定承認をし、他の相続人には相続放棄をしてもらう。

・相続人は親などの被相続人が亡くなったのを知ったときから、「3ケ月以内に相続財産の目録」と相続人の戸籍謄本、亡くなった人の全部事項証明書、改製原戸籍謄本(出生から死亡までのすべての戸籍謄本)、住民票の除票を添付して、家庭裁判所「限定承認申述書」を提出しなければならない。(民法924条)

財産目録の中身

・限定承認の場合には、
「財産目録」を作成する必要があるが、財産目録については、一般の家財道具はゼロとして申告して差し支えない。「不動産」と「預貯金」、動産としては、「宝石類」を申告する。


相続債権者・受遺者に対する公告及び催告
  
・申述書を提出すると家庭裁判所から本人の元へ、「限定承認の申述書を提出しましたか」という確認の
「お伺書」が送られてくるので、署名をし提出時と同じ印鑑を押印し返事を出します。返事を出すと家庭裁判所から「許可の連絡」がある。 

・家庭裁判所から審判書の謄本を交付申述が受理されると、家庭裁判所は限定承認申述受理の審判を下して申述人に審判書の謄本を交付します。
家事審判申立書サンプル

「相続の限定承認申述受理通知書」のサンプル

・限定承認者は、その
「許可証」を司法書士等を通し、一切の相続債権者及び受遺者に対し、「限定承認をしたこと、及び一定の期間内(ただし、2ケ月を越える期間)にその請求の申出をすべき旨」「公告(サンプル)」しなければなりません。(民法927条)

・2ケ月経過した後は、家庭裁判所に対し
「限定承認完了届出書(サンプル)」
を提出する。

・限定承認者は、知れている相続債権者及び受遺者には、各別にその申出の「催告」をしなければならない。

・相続人が複数の場合には、家庭裁判所は相続人の中から「相続財産の管理人」を選任する。

・上記公告は、限定承認の
「受理審判」があった後5日以内、共同相続の場合は、相続財産管理人の選任後10日以内にこれを行う。

・そして、一定の期間内に相続債権者及び受遺者から
「異議の申し立て」がなければそれで完了します。

・3ケ月以内に、限定承認するか否かの判断が難しい場合は、
「期間伸長の申し立て」の請求によって、家庭裁判所の審判により期間を伸ばすこともできますが、家庭裁判所では、「遺産の内容、所在場所相続人の居住地等の状況を考慮」して、期間伸長の必要性や伸長期間などを判断します。


・「期間伸長の申し立て」により期間伸長が認められたとしても、
「所得税の準確定申告納付期間」は延長されない。つまり、4ケ月を超えれば「延滞税が課される。」(平成15年3月10日 東京高裁判決)

・「期間伸長の申立て」は、届出書を1枚提出すれば認められるが、裁判所が審理する期間約1週間を含めて3カ月なので、余裕をもって期限10日前には提出する必要がある。

・1回伸長の申立てをすると3カ月期間を伸ばすことができるが
「2回位が限度」とされている。


催告期間中の弁済拒絶権

・限定承認者は、催告期間の満了前には、相続債権者及び受遺者に対して弁済を拒むことができる。
(民法928条)

・そして期間が満了した後は、限定承認者は、相続財産をもって、その期間内に同項の申出をした相続債権者その他知れている相続債権者に、それぞれその
「債権額の割合に応じて弁済」をしなければならない。ただし、優先権を有する債権者の権利を害することはできない。 (民法929条)

期限前の債務等の弁済

・限定承認者は、「弁済期に至らない債権」であっても、前条の規定に従って弁済をしなければならない。また、条件付きの債権又は存続期間の不確定な債権は、家庭裁判所が選任した鑑定人の評価に従って弁済をしなければならない。 (民法930条)

・債権者には「保証債務の債権者も含まれる」ので、主たる債務者に資力があり返済をしていたとしても、当該債務を即時に全額返済する必要がある。

受遺者に対する弁済

・限定承認者は、各相続債権者に弁済をした後でなければ、受遺者に弁済をすることができない。

相続の承認及び放棄の撤回及び取消し

・相続の承認及び放棄は、第九百十五条第一項
(相続の承認又は放棄をすべき期間)の期間内でも、撤回することができない。(民法919条)


  譲渡所得税の課税

1.被相続人に対する譲渡所得税

・限定承認に係る相続について、当該相続により譲渡所得の基因となる資産の移転があった場合には、被相続人は、相続人に対して相続開始時点における「時価に相当する金額」で譲渡したものとみなして、「みなし譲渡所得課税」(所得税法59条1号)「準確定申告」として4ケ月以内に、申告納税することと している。

・これは、被相続人の所有期間中における資産の値上がり益を被相続人の所得として課税し、これに係る「所得税額を債務として清算する」ことにより、限定承認をした相続人が相続財産の限度を超えて負担することのないようにとの趣旨で規定されているものである。

・つまり、みなし譲渡所得税も、
「相続における債務」としてみてもらえるので、「相続財産から控除」してもらえる。


・被相続人の譲渡所得の申告については、4ケ月以内に準確定申告をすることとなるが、
「資産」が当該譲渡所得税をも含めた「債務」を上回らない限り、「譲渡所得税を納付する必要はない。」  

・「被相続人の所得税」「相続人の相続税」が、相続の際に一度に課税されますが、課税対象を異にしており、二重課税にはならないとされている。


・税務署としては、不動産の登記簿謄本上は、
「相続により取得」としか表示されず、登記簿謄本だけでは「限定承認に基づく譲渡所得」を把握できないので、、官報の「公告」をみることにより、情報収集している。


2.相続人に対する譲渡所得税


※相続財産が不動産等で換価を要するものであるときは、原則として「競売」に付さなければならないとされているが、実際には、「任意売買」により換価されているケ−スの方が多い。

・相続財産の換価による譲渡所得税については、「譲渡資産の取得費は、相続開始時の時価」とされるため、譲渡所得税は算出されない。

・理論的にはそうであるが、被相続人の準確定申告における譲渡所得税の計算において、実際に譲渡した訳ではなく、相続人が想定した時価で譲渡したことにする
「みなし譲渡」に対しての準確定申告なので、上記のように相続人が実際に当該資産を売却した場合には、想定した時価と多少なりとも異なるはずである。

・従って、その差額に対して譲渡損益が生じるのが普通である。譲渡損が生じた場合には譲渡損はなかったものとみなす、と規定している。


1人の相続人名義にして売却

・相続人のうち、1人だけ残して
「他の相続人全員が相続放棄」をし、不動産名義を1人の相続人の所有にしてから、当該不動産を売却する方法も考えられる。



  住み慣れた居住用財産を確保する

・相続債権者、及び受遺者に対して弁済をするために、相続財産を売却する必要があるときは、限定承認者はこれを競売に付して換価しなければならないものとされている。

・ただし、限定承認者は、家庭裁判所が選任した不動産鑑定士の評価に基づき、
「先買い」することができるので、不動産鑑定士の評価した金額で「居住用財産を買い戻す」ことができる。



  限定承認のデメリット


@限定承認をした場合は、遺産の全てを売却したものとみなしての譲渡所得課税が行われてしまいます。


・単純承認であれば、相続財産の内、売却した不動産の譲渡所得税を納付すればそれで済むが、限定承認をした場合は、
「遺産の全てを売却し換価することが前提」なので、「預貯金は解約」「不動産は売却」しなければならず、譲渡所得税を納付することになる。

   
A 居住用資産を譲渡した場合の特別控除などの特例が受けられないことになります。



単純承認した場合は、居住用資産を第3者に譲渡した場合の特別控除などの特例が受けられることになります。したがって、譲渡所得についての 税額はゼロかもしれません。

・しかし、限定承認の場合において、
「相続人が居住用資産を取得した場合」には、「特別関係者に売却」したことになり、居住用財産の特別控除の適用は受けられない。



  限定承認と土地等売却損


・限定承認により、「時価相当額で譲渡」があったものとみなして
「みなし譲渡所得課税」が行われるが、相続人が、当該不動産等を譲渡したことにより損失が生じたとしても「損失は生じなかったものとみなす」旨が規定されている。(租税特別措置法第31条第1項、第32条第1項)



  限定承認と生命保険金

・生命保険金の受取人が、限定承認をした場合でも、当該保険金をもって
「相続債務の弁済に充てる義務」はない。